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DZ3-xx「狐火」

 

正式なナンバーはない。
理由は単純、正規モデルではないからだ。
ベース機は「DZ3-05」ではあるものの、改修を重ね続けた結果、
オリジナルとは随分と姿が変わってしまっていた。
05はプロレスラーを思わす少しずんぐりとした屈強な体格なのに対して、
XXはアスリート……陸上選手のスプリンターというのが一番近いデザインと言える

かもしれない。
スマートで無駄のないなだらかなシルエット。
パワータイプからスピードタイプへ……
その大胆すぎるカスタマイズは余程注意深く見なければ

元々がDZ3-05であったとわかる者もいないだろう。

「で、お姫様。
 表でアキが不貞腐れていたんだが?」

自称トレジャーハンターを名乗る『レッドフォックス』が所有する格納庫。
そこにDZ3-xx『狐火』は置かれていた。
まるで姫に忠誠を誓う騎士のように、跪いて手をあわせて彼女の前に鎮座している。
ケージは買ってきたばかりの安物のバケットを彼女の横に置く。

「あら、褒めて上げただけよ?
 これだけ継ぎはぎな構成にしては
 バランスが良くできているわって」

車椅子の彼女は薄く笑う。
風が吹くだけで掻き消えてしまいそうな淡く儚い少女……自称「PRINCESS」。
不健康に痩せた華奢な体に色素が抜け落ちた白く長い髪。
はっきりとした輪郭に優しげな瞳と、そして綺麗に整いすぎた顔出ちは

美しいと思うより先に不気味にすら思えてしまう。
仕草一つ一つとっても洗練され、まるで水が流れるようだった。
今も静かに『狐火』と繋いだ端末を叩いているが、

ピアノを弾いていると錯覚しそうなくらい優雅な指さばきに一瞬魅入られそうになる。

「不思議よね。
 『少し』問題点を指摘してあげたら、
 なんだか怒って出て行ってしまったわ」

ただまあ、そんな見た目とは裏腹に意地の悪そうな笑みを浮かべる彼女は

相当な曲者であるというのは既に嫌と言うほど理解している。

「少し、ね……」

ため息をつきながら彼女と並ぶ。
ケージとアキの二人、『レッドフォックス』は基本的に、スパイやら強奪を

生業としていた。
とはいえ生身では限界がある……
そんな時にDZ3-05を手に入れたのだ。
メックガーディアンなんて正直、一介のコソ泥が持つには贅沢すぎるものだ。
正規のパーツも手に入らないため、破損や交換の度に様々なプロトタイプの部品を

流用してなんとか動かしているのが実情。
なおDZ3-05の特徴である分厚い装甲は早い段階で取り払われている。
彼らの運用にあわせて防御力より機動性を優先した結果だ。

「アキもこいつに関しては
 絶対の自信があったはずだからなぁ」

そもそも正規の整備士でもないのに、独学のアキがメックガーディアンを
きちんと運用できているだけでもにわかには信じられないレベルなのだ。
しかも16歳という若さ……天才といっても過言ではない。
出自さえきちんとしていれば十分にメタルアリーナを所有する企業の
メインメカニックにもなれていただろう。

そんな彼女が手塩にかけて改修してきた『狐火』。
これに関しては誰よりも理解していると自負していたが……

「ハードウェアはうまくバランスが取れていて
 正規品としても通用するくらいの出来よ。
 でもそれに伴うドライバ……
 ソフトウェアがお粗末ね。
 ほんっと、馬鹿みたいなスパゲッティコード」

彼女はいくつかウインドウを表示する。
そこには真っ赤な文字で改善点がずらっと並んでいた。
ケージには内容がよくわからないが、

まあ、なんだ、相当きつい駄目出しだということだけはわかる。

「この子はオリジナルより小型化しているのだから
 それにあわせて組みなおしてあげているのよ。
 駆動部の出力の自動調整と
 ラジエーターのアルゴリズムも見直しておいたわ」

「もしかして出力を下げたのか?
 それは困るな、こいつは機動性がウリなんだか」

「馬鹿ね、120%の力で30分しか動かないのと、
 100%の力で3時間動くこと、
 どっちが良いと思ってるの?
 このセッティングから想像するに、
 基盤を何度か焼き焦げさせて
 動作不良を起こしているのではないかしら?」

「……よくわかるな」

「あと武装はヒートナイフはやめた方がいいわ。
 ただでさえオーバーヒート気味なのに
 武器まで熱を放つなんて馬鹿なのかしら?
 超振動ブレードにしておきなさい。
 熱で壊れる部品交換の費用を考えれば
 トータルで安くなるわ」

アキと同じくらい幼い容姿の彼女に馬鹿馬鹿と言われると、

さすがにケージも頭を抱えたくもなる。
プライドの高いアキのことだ、正しいとわかってても素直に認められずに
不貞腐れてしまうのも無理はない。

「私を連れ出してくれた他にも
 一宿一飯の恩もあるわ。
 だから天才である私が
 出来る範囲でプログラムを組みなおしてあげる。
 あなたにとっても使いやすくなるはずよ」

彼女は恩着せがましく言い、横に置かれたバケットを取り出しはむっとかじる。
けれどすぐに顔をしかめた。

「……なにかしら、これ」

彼らが普段食べているバケットは当然ながら安物。
質の悪いガッチガチのパンに
引き籠りだった彼女は勝てないようだった。

「お姫様の口にはあわなかったか。
 薄く切って焼いてくるよ」

「……いえ、これで十分だわ」

からかうよな口調に、彼女は不機嫌そうに言い返し必死にかみ切ろうとしていた。

その様子に苦笑いしながら、ケージは改めて『狐火』を視線を戻す。
隠密に適さない真っ赤なカラーリングは『レッドフォックス』にちなんだものだ。
狐の駆る真っ赤な機体、だから『狐火』。
安直なネーミングではあるが、人を煙に巻く仕事をする
自分たちには悪くないと思っている。

「PRINCESS」を強奪したことで、
どうやら運命という名の歯車が激しい音を立てて回転し始めたらしい。
巷ではキナ臭い話で溢れかえってるし、自分たちを狙う勢力も一つや二つではない。

「頼むぜ、相棒」

不安はないわけではない。
けれどそれ以上に何か面白いことが起こりそうだと、
どこか期待してい自分がいる。
「狐」と「姫」の物語は
まだ幕が開けたばかりなのだから。


「……やっぱり焼いて。
 あとバターもつけてほしい」

彼女が歯型のついたバケットを、
むすっとした表情で差し出してきた。

「はいはい、仰せのままに、
 『PRINCESS』」

まるで剣を賜る騎士のように
狐は恭しくバケットを受け取る。
その後ろではそんな二人を見守るように『狐火』がただじっと跪いていた……

 
このSSはピクシブで知り合ったテオドラさんに書いていただきました。ほかの作品も是非覗いてみてください。
 
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