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――ハイムガリア

 

 

その町のことについて聞けば多くの人は「何もないつまらない場所」と答えるだろう。
都市部の富裕層によっては町の名前すら知らないかもしれない。
ハイムガリア……そう呼ばれるこの町は都市の中心部からは外れ、
一昔前の建物が立ち並ぶ町だ。

全体的にくたびれたように薄汚れた集合住宅、ぼんやりと照らすだけの店の灯り。
スラムというほどではないが殺伐としており、都市部のように監視カメラなんてものもないし
清掃や治安警備をしているロボットもいない。
一般人であれば用事があったとしても好き好んで訪れる町ではないだろう。

「普通の人間なら、ね」

車椅子の少女はどこか楽しそうに笑う。
ひび割れたアスファルトのような道のために車椅子がガタガタと揺れて不快だろうに、
彼女はまるで気にした様子もなかった。

「……ったく」

それを押す狐目の青年、ケージは呆れたように溜息をつく。
悪態をつきたい気持ちを抑えるようにくたびれたジャケットの中から
タバコの形をしたチョコを取り出して口に加えた。

「思ったより繁盛しているじゃない。
 人もたくさんいて楽しいわ」

「……カタギの連中はほとんどいないけどな」

「馬鹿ね、そうだからこそ面白いんじゃないの」

周囲を歩くのは様々な人種。
それは姿だけのことではなく、生業としているモノの違いも表している言葉だ。
今すれ違ったフードの被った男は産業スパイを専門とする「情報屋」。
少しだけ入ったところで蹲っている女は、報酬さえ払えばどこへでも目標を始末しにいく

「殺し屋」。
その隣の看板もない店舗を経営してるのは

元々はどこかの研究員だったという老人がいるのだが、
今ではバイオウェアや生体パーツへ人体を改造する「闇医者」。
ただのならず者は1人としていない、全てのモノが何らかの「目的」を持って

集まっているのだ。
昼[間は死んだように静まり返る町ではあるが、そろそろ陽が沈んできたので人が

集まりだしたようだ。
だが遠くに見える高いビル群……その灯りが空を照らし出す時間から
この町もまるで蠢くように動き出す。

食糧品や非合法のドラッグが独自ルートで出回るだけでなく、様々な非正式のロボットは

部品、[またメックガーディアンのパーツなども取引される。
ケージたちのような「自称トレジャーハンター」は、ここでしか調達できないモノも多く
また逆に戦利品を換金するのもここで全て済ます。

「で、お姫様はなんでついてきたんだよ」

「あら、不服かしら?」

薄暗い町並みに不釣り合いな純白の白い長い髪が揺れる。
店舗の軒先に立っていた店の番人の人型ロボットは見慣れない色にじーっと凝視し
視線を通り過ぎる彼女にあわせて左から右へと動かしていった。

AR-100Tを改良した汎用型ロボット「AP2-200」。
装甲もなく骨格だけのフォルムで、
可動域は人間よりも大きいが処理能力が低いため、
単調なAIで動く彼らはあまり脅威ではない。
手に持った無骨な10mmサブマシンガンを

対象に向かって連射したところで中々当てられない。
複数体で運用することでその欠点を補うのが基本で、

代わりに量産品であるため価格も安いし
メンテナンスも楽という理由でここハイムガリアでも横流れ品がリペア品が大量に

出回っていた。
こうして店の用心棒よろしくしていることもある。本来は銅色なのだが、
この店にいるのは薄い青色に塗り替えられていた。

「馬鹿なアナタに
 私が指定したモノを揃えられるわけないじゃない。
 新しい狐火に必要なモノにテキトウなモノを
 使うわけにはいかないでしょう?」

口では憎まれ口を叩きつつも、
彼女は店先のAP2-200に手を振っていた。
愛想を振りまかれる経験など
あるはずのない人型ロボットは
無表情に彼女を見送る。

「……子供の使いじゃねーんだよ」

まあ単に彼女も外に出たかっただけかもしれない。
ハイムガリアの町並みに彼女は完全に浮いていた。
周囲の人が総じて地味な恰好をしている中、彼女はまるで青空のように澄んだワンピースに
遊園地にでも来たかのように無邪気な笑み。
灰色の世界に彼女の真っ白い髪は
あまりにも眩しすぎて思わず目を細めてしまう。

今の時代、車椅子というモノ自体使われることがない。
足を怪我すれば再生技術ですぐに治療もできるし、なんなら義足にしてしまうのもいい。
それにこの時代の技術であるなら見た目も生身と変わらない。
クリニックで整形するのと同じ感覚でそういう「肉体を弄る」ことは行われているのだから。

「馬鹿ね、私からすればアナタは子供みたいなものよ。
 何も知らないのに、自分は何でもできると思っている」

なので「歩けない」ということ、それ自体がそもそも「理解されない」のだ。
通り過ぎる人々は揃いも揃って驚いたような表情を浮かべるのは無理もない。
だが彼女はそんな人々の様子などまるで気にする様子もなかった。

「それにしても、ここは少し臭うわね。
 なんとかならないの?」

「……お前はハイムガリアに何を求めてるんだ。
 臭かろうが良い匂いがしようが、
 便利ならなんだっていいんだよ。
 それに臭いにおいの方が
 そういう連中は集まりやすいしな」

自分たちのような日陰者には
明るい世界は息苦しい……
そう思ってる人間だけがこの町に集まるのだろう。

車椅子を押すケージの顔を彼女は一度見上げてから、小さく笑った。

「花を植えたらどうかしら?」

「は?」

「花は良い香りがするし、空気を浄化する作用があるらしいわ。
 この殺風景な町に溢れるほど色取り取りの花を植えるの。
 そしたらそこに住む馬鹿なアナタたちも、少しは心が穏やかになるかもしれないわね」

「花、ね……」

都市部、更にその中心地……それこそ上流階級の一握りの者しか入れない
空気までも管理された「楽園」には花が咲いているという噂を聞いたことがある。
けれど実物を見たことがある人間など少なくともケージは会ったことはない。
だから彼女の言うことはまるでピンとこなかった。

「足が止まってるわ。行きましょう」

彼女に言われてケージは
自分が足を止めていたことに気付く。

「……」

前にいる純白の少女。
彼女が通れば誰もが振り向き、険ある表情を浮かべていた傭兵ですら
どこか惚けたような呆気をとられた表情を浮かべる。
怒鳴り声や喧騒も、彼女を中心として波を引いて行く。

(花がどんなものか見たことはないが……)

上機嫌な彼女は鼻歌を歌いだしていた。
何がそんなに楽しいのだろうか。

「ハイムガリアの花、か……」

――少女を見て、なんとなく呟いた。

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