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――マクーナ。

 

多くの企業の研究上や工場が集まる工業地区である。
立ち入り厳しくも制限されており、また警備も過剰なほど敷かれているため、
関係者以外は近付こうともしないエリアだった。


星も見えない濁った空に、まるで光の階段のように伸びるサーチライトの筋。
人が寝静まるこんな深夜でも、稼動する工場の音がまるで地響きのように大気を震わす。

 

決して大気が汚染されているわけではないが、
無機質な世界はどこか息苦しさを感じさせる。

 

「よっと、無事に潜入できたな」しかし、企業の機密が集まる場所だけに
産業スパイなどにとっては宝島のようなもの。


危険な場所であればあるほど美味い話はある……


だからこそ「彼ら」も仕事もなくならないというものだ。

 

「しかし、ケージ。こないや胡散臭い仕事、ホンマにやる気なん?」

 

「もう前金受け取ってしまったしな、引き返せないっての」

 

工業地区の片隅に停められたトレーラー。
 

そこに二人はいた。


一人はケージと呼ばれたキザったらしい眼鏡のひょろりとした長身の男。
歳は二十歳を少し過ぎたくらいだろうか。

 

「それによ、コードネーム『PRINCESS』なんて、夢のある話じゃないか。
 アキも気になるだろ?」

 

彼は懐からタバコの形をしたチョコを食べる。


本物のタバコはさすがにこの暗がりの中では目立つので自重した。


彼らが立っているのは既に立ち入り禁止区域の中。


見つかればただでは済まない。

 

「せやかて、依頼主も不明なんやろ?罠ってことはないやろうけど、

 怪しい話やと思うで」

 

怪しい方言を話すもう一人は小柄なボサボサ頭の女性。


だらしないシャツにくたびれたジーンズ。
 

こんなナリではあるけれどアキという名前でまだ16歳だったはずだ。
 

きちんとした身なりをしていれば見栄えが良いのにいつもスボラなために
勿体ないとよく言われている。

 

『レッドフォックス』というコンビ名の二人は
 

イリーガルな依頼を生業とするコソ泥。
 

本人たちは「トレジャーハンター」などと自称しているが、まあ名乗るのは自由だろう。
 

日頃はもっと細々とした仕事をして生計を立てている。
 

ある日、そんな二人に依頼が入った。


内容はとある企業が秘密裏に開発している「兵器」を奪取して欲しいというモノ。
 

研究所の場所と内部の見取図、また警備の状況まで事細かく記載されており、
 

恐らく内通者による依頼だと思うが……

 

「なに、最近は退屈な依頼ばかりだったしな。
 たまには危ない橋を渡らないと体が鈍っちまう」

 

「そいで、本音は?」

 

「前金を『狐火』修理の
 借金返済に当てちまった」

 

「……ホンマ、
 ケージは行き当たりばったりやなぁ」

 

異様に高い報酬金額、その依頼が求める奪取目標の


コードネームは「PRINCESS」。


一体どういうものなのか想像もできない。
 

本来ならば避けるべき依頼だろう。

 

「アキ、そろそろ出る。
 『狐火』をスタンバイしてくれ」

 

「はいな、任せとき」

 

トレーナーのハッチをあけると、


そこにあったのは身長180ちょっとの人型をしたロボット。
 

宇宙服、というよりはパワードスーツを着た人という表現が近い。


派手な赤色にカラーリングされたそれは、DZ3-XX『狐火』。


メタルアリーナ用に開発されたDZ3-05を
改修して作られた機体だ。

 

オリジナルはパワースタイルのロボットなのだが、『レッドフォックス』の運用に

合わせて、機動力を最優先する機体となっている。


元々が強奪したモノで無理くり整備や補修していた結果、
今のようなフォルムになってしまった。


アキはまだ若いというのに、腕利きのロボットの整備士だ。


狐火の整備とオペレーター、それが彼女の仕事である。

 

 

「へへっ。久々に完全修理した狐火を使うことができるぜ」

 

ケージは伊達眼鏡を外し、トレーラーの中にある
複雑な装置に繋がれた椅子に座る。


彼がロボットを操作するのだが、乗り込むわけではない。


この椅子の装置で意識を狐火とシンクロさせ、遠隔操作をするのだ。


生身では難しい潜入任務も、ロボットでは可能というわけである。

 

「ケージ、情報屋のエドから連絡や。忍び込む場所の警備に

 メタルアリーナのランカーがついたんやって」

 

「マジかよ、どいつだ?」

 

「47位『オーバーナイト』って書いとるわ」

 

「姫様を守る騎士ってか?出来過ぎだろう」

 

正直、あまり正面からやり合いたくない相手だ。

 

「まっ、危なくなったら逃げるさ」

 

起動をさせながらケージは依頼のメールを思いだす。
 

依頼内容が詳細に書かれた本文の一番下に、
 

一言だけついたメッセージ。

 

 

――私を連れ出して

 

 

意味はわからない。
 

だけれど、何故か気になってしまった。
 

だからこそ、こんな依頼を受けてしまったのだ。(プリンセス、ね)

 

彼の意思に従い、後方でロボットが立ち上がる。
 

そして人間離れした脚力で飛びだした。


機械だらけの城で助けを求める
 

PRINCESSを奪うために。

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