題名 孤独
「孤独」
私の言葉はいつだって唐突だ。
すっかり手動になってしまった自動ドアを開けて外に出ると、薪に火をつけ、コンテナの上に腰掛け、
少し横を向き、視線を下げた。
彼に話しかけるためだ。
「やぁ、元気かい?」
彼の反応を待たずに私は続けた。
「私は今日はまだなにも食べていないんだ。寝坊してしまってね。そっちはどうだい?」
私が寝起きの体操代わりに首を回しながら言うと、彼は重そうに頭を横へと揺らした。
「そうだろうな……。昔に比べてずいぶんとやつれた」
私が少しうなだれると、彼もまた同じようにうなだれた。
「言いたいことはわかる。私もずいぶんやつれたと言いたいんだろう?」
言いながら私は自分の頬をさすった。
干上がった大地の窪みに生える枯れ枝のように、私のこけた頬には髭が生えている。
「私も、キミみたいに身だしなみに気をつけたほうがいいだろうか」
私は頬を見せつけるように首を左右に動かすと、彼は首を横に振った。
「キミが気にしないタイプで助かったよ。実はと言うと、髭を剃るのは面倒くさいと思うたちでね。
私が女性だったら、さぞ大変な人生だっただろう。毎日脚や腋を剃るのは、とてもじゃないが耐えられない」
自分が女性になった姿を想像すると、あまりの不気味さとくだらなさに笑いがこみ上げてきた。
こらえきれず、笑いが音となって口から飛び出ようとした瞬間、私はそれを飲み込み、振り返った。
誰かに笑われたような気がしたからだ。
しかし、誰もいるわけがなかった。
葉擦れの音が虚しく響いただけだ。
葉ですら風と遊んでるというのに……。私はなにをやっているのだろう。
そう思うと、重力の異なる星にワープしたかのように、急に頭が重くなった。
重さに負けてうつ向いてしまう。思わず目もつぶってしまった。
これはいけない。人は目を閉じるだけで、簡単に闇を作ることができる。
闇の中では現実を見なくていい居心地の良さがあるが、すぐに思い出が孤独という雨になって打ち付けてくる。
せめて目だけは開けなくては――自分の存在すら消えてしまいそうだ。
私が意気込んで目を開けると、目の前には彼の姿があった。
「そうだった。キミがいたんだ。まったく……私はいつも下を向いてばかりだ。
いつも上を向いているキミが羨ましいよ。 どれ、私も見習おうか」
私は蜘蛛の巣のように張り出す枝の隙間から空を見上げた。
空は空。それ以上でも以下でもなく、ただそこにあるだけだ。
風に流され形を変える雲を眺めるのもいいかもしれないと思ったが、それはやめた。
彼の姿が瞳から消えてしまうからだ。
ため息を一つついてから視線を下に移すと、彼はなにも変わらない顔でそこにいた。
「私にはダメだったよ。やはり、下を向いているのが性に合っている」
そして、私は照れ笑いと同時に「しっ――」っと人差し指を口に当てて、自分で自分の言葉を遮った。
森の声が強くなったのだ。
耳をすませると、葉と枝が寂しさを紛らわせるように激しく擦れあい、奇怪な音楽を鳴らしているのが聞こえた。
間もなくして、森の匂いを運ぶ柔らかな風が突然怒りを纏ったように強くなり、私の体を吹き抜けていった。
私が砂埃から目を守るために閉じた一瞬のうちに、焚き火の炎は風にさらわれたように消えてしまった。
そして同時に、彼もさらわれてしまった。
私の周りに残されたのは一人分の足跡。
あとは足元から少し離れた場所にある、地面に指でなぞって描いた目と口だ。
私はコンテナから立ち上がると、消えた焚き火に火をつけた。
明かりが戻ると、コンテナに腰掛け直し、横を向いていつものように下を向いた。
そして、自分の顔の影を地面に描いた落書きに合わせると、私はまた『彼』に向かってこう言うのだ。
「やぁ、元気かい?」
SS提供者様 ふん