――AR-100t
ビックバンが宇宙の始まりならば、間違いなく私の脳内でビックバンが起こった。
何もない無辺世界に、私という始点が作られたわけだ。
誰も地球の始まりや、人類の始まりを知るものはいない。
――しかし、私は今まさに彼の始まりを見届けているのだ。
ナノマシン技術やアクチュエータがいくら発達しようとも、それは進化だ。
元となるモノがなければ進化という言葉さえ生まれない。
その元を作ったのは誰かと聞かれれば、人々は皆神と口を揃えるハズだ。
――ならば私は神になったわけだ。
今の私には大言壮語も許されるだろう。
私は無精髭に覆われた顎をさすりながら、興奮と感動に打ちひしがれていた。
この感情をなんと名付けようか。
産みの母親の気持ちとは違う。
新たなものを創りだした達成感とも、また少し違っていた。
恐らく、今の私の感情を理解してくれるものは、賢者の石を創りだした錬金術師くらいものだろう。
それが本当にいたらの話だが。
結局のところ、今の私の気持ちを理解してくれる者など、現在にも過去にもいない。
ならば、それは未来の技術者と死後にでも語り合うことにしよう。
そんな孤独さえも吹き飛ばすものが、私の目の前にあるのだから。
――あえて私は人間臭く、『彼』を『我が子』と呼んでみることにした。
産声の代わりにモーターの駆動音をうねりあげて、人類が始めて月に立ったかのように床をゆっくり踏みしめながら歩いてくる。
私は「ずりばい」も「はいはい」も飛ばし、曲線的な動きは一つもない二足歩行で歩いてくる、生まれたばかりの我が子を抱きしめた。
常にどこからか稼動する機械の動作音は――人間の心臓の音だ。
焼け付くモーターから発せられる熱は――人間の体温だ。
オイルで汚れた鉄の塊は――人間の手――脚――骨格――全てだ。
命を生み出すのではなく――創りだした。
私は開いていた節くれ立った手を強く握りしめて、呼び名のない感情を噛み締めた。 大声を張り上げようとも思ったが、それはしなかった。
開いた口から、心地の良い心臓のざわめきが逃げていってしまいそうな気がしたからだ。
私が人間らしく身悶えている姿を、我が子は無表情に、無機質に、
目となるカメラに収めていた。
私はふと我に返った。
研究疲れでふらつく足で椅子を引き寄せると、それに深く腰掛けた。
やはり我が子と呼ぶのには違和感がある。
私は父親ではなく開発者だ。
彼にも何かロボットらしい名前を付けてやらなくてはならない。
これから先『彼』では困る。しっかりとした商品名を付けなければ。
安直にロボというわけにもいかない。
さて、どうしようか。
古い映画から取るのも悪くない。
――『bayman』。
違う。
そもそもケアロボットではない。
――『Giant Warrior』。
駄目だ。
用途はどうであれ、私は兵器ではなくロボットを作ったのだ。
名前を考えている間、私が彼に愛情にも似た何かを感じ始めていることに気付いた。
余計な感情を持って接してしまうと、これからのバージョンアップに
支障が出てしまうかもしれない。
それは駄目だ。
趣味のロボ作りではなく、私は技術者。クライアントの要望に応える必要がある。
彼はロボット。
――そうロボット。
私は意味もなく、空中に『robot』と指で走り書きをした。
意味のない行為は、時として意味を成すこともある。
閃きは、くずかごに入らず床に落ちた紙くずのように、
思いもかけないところから生まれるものだ。
単純であり、私の偉業を冠していて、それでいてロボットらしい名前。
「ARだ」 私は誰に聴かせるわけでもなく、静かに言葉を口にしていた。
始まりである『A』のアルファベットと、Robotの頭文字の『R』取って、
彼を『AR』と名付けた。